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 Essay 7・・・・・・九段 谷川浩司の風


九段 谷川浩司の風

現場のトラブル、プロジェクトの頓挫、コンペの落選など、設計者の日常は苦吟することの連続だ。ヒートアップした頭に「月下推敲 九段谷川浩司」の風を送る。通常、プロ棋士のファンならば、タイトルを獲得して「名人」とか「竜王」とかの肩書き入りの揮毫を好むものである(応援しているので当然です)。

 しかし、ここで重要なのは、肩書きの「九段」である。持っていた4つのタイトルをすべて失ったとき揮毫された、言うなればこれは、失冠記念のような扇子である。羽生善治をはじめとする年下のライバルたちに、タイトルを奪われ、谷川の時代は終わったと、幾度言われても、その度に復活しタイトルを取り戻す。タイトルを獲得した頂点の時ではなく、すべてを失った時に書かれた、この肩書き「九段」「月下推敲」の扇子が、どん底から静かに不屈の思いを新たに立ち上がる復活の象徴のように思えてならない。

 僕は、様々な失敗や困難、解決策の見つからない不安に苛まれて挫けそうになったとき、また眠れない夜に、月下にこの扇子を広げ、自分の弱き心に向かって、もっとよく考えて見ろと、風を送ってみることにしている。

            

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